教育心理の部屋

第53回「成熟と学習 8章人間の発達について考える」 

第53回
2019/4/20
「成熟と学習 8章人間の発達について考える」 

【まとめ】
発達とは、胎児が成熟した個体に成長するまでの、形態や行動が変化していく過程のこと。

身体的な発達は生物学的なものといえる。一方、知的能力や人格の発達を規定する要因には、「成熟」と「学習」の要因があり、発達にはどちらが重要なのであろうか。

ゲゼルとトンプソン(Gesell&Thompson,1929)は、一組の女児一卵性双生児を対象に成熟と学習のどちらが発達に強く影響するのかについて調べた。生後46週目になった時点で、一方の幼児Aだけに階段上りと積み木操作の訓練を始めた。するとAは52週目に援助なしに26秒で上がれるようになった。他方の幼児Bは53週目の訓練開始時に、援助なしに45秒で上がることができ、2週間後にはわずか10秒での上ることができた。積み木の操作についても、53週目ではじめて触れたBは、Aと同様に積み木の操作ができた。この結果からゲゼル達は、発達が成熟の要因に強く規定されるという結論を出した。

しかし、我々は学習が発達を促すという事実を知っている。ただ、その場合にも学習者に「レディネス」(学習のための準備)が備わっている必要がある。最適な時期に学習すると最も効果的に学習内容を習得できる。

現在では発達を規定する要因は学習か成熟かという議論はされなくなった。それはピアジェの理論に代表されるよう、2つの要因が相互作用しながら発達を促すという考えが一般的になったからだ。

(アーノルド・ゲゼル(Arnold Lucius Gesell、1880年6月21日 – 1961年5月19日)は、アメリカ合衆国の心理学者、小児科医。子どもの発達研究の分野のパイオニアとされる。Wikipediaより)

【所感】
他サイトを調べると、ゲゼルの提唱した論は「ゲゼルの成熟優位説」と言われるそうです。成熟前の教育や訓練は効果が上げらないと説き、レディネス(心身の準備)の重要性を提示したこの論は、教育者にとっては留意すべきものと感じます。教育効果=量×質だけでなく、タイミングという因数の存在を示すものであり、教育方法を根本から考える上で、示唆に富む論だからです。

「その子その子に最適なタイミングがある」というのは、学習塾の塾生や我が子に対しても常に感じていることであはります。一方、難しいのは「何を、いつ、どのように行うのがその子にとって最適な教育や訓練なのか」ということです。つまり、対象となる子のレディネスが整うのはいつなのか、ということです。レディネスのタイミングを見極め最適な教育をするには、経験と勘で実行しながら、メソッドとして形式知化し改善をし続けることが道だと思います。

ともあれ、今回「レディネス」という学術用語(概念)を手に入れることができたのは大きく、英克や浩子と塾生に対して、実央とは我が子に対して、レディネスを共通言語にしながら対話をし、共に教育技術を磨いていきます。
(1199字)

宗興の本棚

第90週『自己啓発をやめて哲学を始めよう』

第90週
2019/4/20
『自己啓発をやめて哲学を始めよう』
酒井穣著 フォレスト出版

私の好きな酒井穣さんの近著。『答えを自分の内側に求める人は藁をつかみ、答えを自分の外側にもとめる人には哲学という救済の可能性がある』という帯の言葉に興味をひかれました。というのも、私は自分の内側に答えを見出せると考えており、この考えと相対する斬新な視点だと思ったからです。

本書はエビデンスなどがあまりないエッセイに近いものです。酒井さんの大切な友人が自己啓発にはまり抜け出せない(カモになった)体験から生じる「怒りのエネルギー」で書かれています。義憤という言葉が合うかもしれません。全体としては感情的な文体で、これまでの酒井さんの著書とは一線を画すものという印象です。

主旨としては、地球の収容能力が科学技術の発展で限界を超えており、確率論として多くの人が社会的弱者になる。自己啓発的な理由ではなく、進化論的な運の問題である。成功を求め自己啓発をしたって成功はしない。勉強や探求は素晴らしいことだから、自分に「なぜ」を向けるのではなく、外に「なぜ」を求めなさいということです。厭世的な論調の中、自己啓発をしても無意味だから、外に眼をむけなさい、というメッセージです。

元々酒井さんは『リーダーシップで一番大切なこと』で、自分の価値観に沿って生きることに重要性を説いています。つまり、答えは自分の中にあると言っています。しかし、ここでは答えは自分の中になんてないと言い切っています。真逆に考え方です。自己啓発に傾注している人達をターゲットに、熱病から冷めさせるために敢えてそう言っているのか、あるいは酒井さん自身の考え方が本質的に変わったからそう言っているのかが、本書では見えません。

主体性は、自分の意志を大切に、社会と個人の両面を見ていくことが肝要という私のスタンスは変わらないです。ただ、「自分が引き寄せるのでなく、勝手に環境がそうさせている」「カッコウが教えられていなのに托卵するように、人間も脳に既に必要な知識がプログラミングされている(成長とはそれを知っていくだけのこと)」など、個人が意志をもつところから少し進化したと感じる部分があったので、そこは興味深かったです。
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