教育心理の部屋

第55回「双生児研究 8章 人間の発達について考える」  

第55回
2019/5/11
「双生児研究 8章 人間の発達について考える」  

【まとめ】
家系研究では遺伝要因と環境要因を分離することができないが、双生児研究法は有効である。

双生児には、一卵性(遺伝的に同一)と二卵性(きょうだいと同じ)の二種類がある。
ニューマンら(Newman et al.,1937)は、同じ家庭で育った50組の一卵性双生児と50組の二卵性双生児の合計200人を対象にビネーの知能検査を実施。それぞれの知能の相関を調べた。結果、一卵性の相関係数は0.80、二卵性は0.63であり、知能が遺伝の影響を受けることを示した。

アイゼンク(Eysenck, 1979)は、一緒に育てられた一卵性双生児と二卵性双生児の他に、異なる環境で育てらえた一卵性双生児やきょうだい、あるいは同じ環境で育った血縁関係のないもの同士や養子とその親の間の知能の相関を検討した多くの研究をまとめた。結果はやはり親と同居の一卵性(0.87)と二卵性双生児(0.53)の比較から、遺伝の影響が強いと言える。ただ、別居の一卵性(0.75)と比較すると、環境の影響も強いことが伺える。

一方、アナスタシーは別々の環境で育った19組の一卵性双生児を調べた。別れた時の年齢や、教育的環境値や社会的環境値などを得点化し、知能指数の差を比較した。結果、教育的環境差が大きいと二人の知能指数の差が大きいことが分かった。ここから環境の影響がかなり大きいことが分かる。

結論として、遺伝か環境かどちらが要因かは決められない。

これをふまえ、ジェンセンの環境閾値説がある。人が遺伝的にもっている能力が開花するかどうかに環境が閾値として作用し、特性によって閾値の水準が異なるというもの。

A身長など。必要最低限の栄養で開花する
B学力など。環境が良くなればなるほど正比例的に開花する
C絶対音感など。かなり恵まれた環境ではじめて開花する

最後に、筆者が行った遺伝論者か環境論者のどちらが多いかのアンケートを紹介する。学校の成績や、頭の良さなどの項目に対してどちらが大きな影響を与えるかを答えていく(大学生197名と小学校の教師57名で実施)。
【結果】
①極端な遺伝論者も環境論者はいない
②大学生と教師であまり差異がない
③体質や運動の力は遺伝的、パーソナリティ(新しい友人をすぐつくれる、怒りっぽさ、非行や犯罪を犯す傾向)に関わるものは環境的
④男性は環境要因、女性は遺伝要因に偏っていた

【所感】
とても興味深い領域でした。最後のアンケートに私もチェックをすると環境要因が多かったです。「人の可能性を信じ続ける」を信条にしている私としては当然環境要因派です。人の発達が遺伝要因であるという結論に達したら、発達支援はどうすれば良いのでしょうか。遺伝要因をポジティブに捉えるなら、「自分に何が向いているか」を考える際の一つの指針になることや「親に出来たのであれば自分も」と発奮材料になる気はします。とはいうものの、身体的能力以外でも遺伝的要因があることは否めないので、どちらかというと相互作用という立場が私にしっくりきます。塾生に対してはジェンセンの環境閾値説を今一度伝え、学力は努力に比例して伸びることをあらためて、何度も伝えていきます。
(1300字)

宗興の本棚

第93週『なぜ部下とうまくいかないのか』

第93週
2019/5/11
『なぜ部下とうまくいかないのか』
加藤洋平著 日本能率協会マネジメントセンター

私がかなり傾倒している発達理論心理学。前回読んだ加藤さんの著書は、「個人がどう伸びるか」の原則に焦点を当てたものですが、発達理論を実際の現場マネジメントで活用するとどうなるのか。今の職場に活かすと共に、リーダーシップ研修のコンテンツを更に充実させる目的で、本書を手に取りました。

キーガンの発達理論は能力より意識(器)の発達に焦点を当てており、意識段階を5つに分類しています。そのうち成人以降は4つの段階があります。段階2の「利己的段階」、段階3の「他者依存段階」、段階4の「自己主導段階」、段階5の「自己変容段階」です。発達段階は一つに基づくというより、複数の発達段階にまたがる「発達範囲」があり、環境や状況によっても変化します。

本書の出会いは、私が提唱しているライフスキル教育の発展と同時に、私自身の成長や生き方にも指針を与える大変意義あるものとなりました。今年「いち」の出会いです。

まずライフスキル教育の学際的位置づけがはっきりしました。私が使命として掲げている「自分の道を自分で拓ける人を創る」は平たく言えば、他人や組織、社会に依存しない個を育てることです。成長社会から成熟社会に遷移する中でその必要性を痛感しこの使命に辿り着きました。そして、企業で大人向けに実践型リーダーシップトレーニングを、そして塾や学校で子供向けにビジョンセッションというプログラムを通して、この使命を実践してきました。これらのプログラムは、学術的見地としては発達理論の段階3から段階4への移行を促すものであることが本書で明確になりました。

また私自身の成長や生き方についても、次ステップが明確になりました。私自身は段階4から段階5への移行期にあると感じました。段階5は自分の価値観に横たわる前提条件を内省しつつ、壊し、新しい自己を作り続ける人であり、下記のような特徴があるとのことです。
・開放感や柔軟性がキーワード
・「自分を構成するものは虚構の産物」と考えている
・透明な自己認識であり、自分と他者を区別しない
・他者との共同は、異なる枠組みを理解する素晴らしい機会と捉える
・自分の価値体系や認識の枠組みの限界を頻繁にさらけ出そうとする
・システム思考(複眼思考)を持ち合わせている
・自分が保持するカッコの成功や社会的な地位や名誉などはちっぽけなものに過ぎず、自分は宇宙における一粒の砂のような存在でしかないと考えている

ちなみに、段階4から5への移行は、「異質」に触れることで促進されるそうです。私は起業後、自然と沢山の「異質」を招き寄せ、飛び込み、触れる経験してきました。そして6年前から価値観が大きく変化していることも自己認知しています。逆にもしかしたら、段階4から5へ移行するために起業したと言えるかもしれません。

この他、特に重要だと感じた項目を3つ挙げます。

まず、キーガン教授の言葉、『人間は意味を構築することを宿命づけられた存在である』です。意識=認知の仕方=意味付けの仕方、と解釈することができます。発達段階が進むとは意味付けの仕方が違ってきて、見え方が変わってくる、そして使う言葉に変化が出てくると著者は言っており、対象者が使う言葉により注目していきます。

二つ目はピアジェ効果、『無理に成長・発達を促そうとすると、どこかで成長が止まってしまうということを示す概念』です。アメリカで早期英才教育が盛んに行われ、長期間に及ぶ追跡調査をした結果、無理の成長を強いられた子供たちの多くは、二十歳を過ぎるあたりでピタリと成長が止まってしまうことが分かったそうです。無理強いせず、タイミングを見極めながら、成長支援していくことの重要性や難しさを感じます。

三つ目は、成長支援側の心得、『発達理論を学ぶ人の多くは、「発達することは良いことだ」と思いがちですが、そうした認識は安直だと考えています。』です。『発達段階が高度になっていくにつれ、必ずしもいきることが楽になったり、人生が良くなったりするとは言えません。』と著者は言っています。例えば、段階4に至るにはある種の「孤独感」を生み出されるし、段階4から5はそれ以上に過酷な課題になるそうです。これは私も痛切に感じることで、正直起業後、幸福ではあるものの、過酷な道だなと感じ懊悩することも多々あります。全ての人に対して、発達段階4へ行くのが「正しい」と考えるのは間違いであり、例えそれが使命であっても盲目的になることなかれ、という戒めとなりました。

段階3から4への移行が必要なかった時代に、この理論を打ち立てたキーガン教授の慧眼や学際領域がもつ力に驚嘆します。おそらく膨大な実験や観察をもとに打ち立てた理論だと思いますが、どのようなプロセスで立論したのか、次はいよいよキーガン教授の自著に入っていきたいと思います。
(1969字)