第106週
2019/8/20
『いきの構造』
九鬼周造著 角川ソフィア文庫
日本の文化・歴史の見識を深める書籍の五冊目。本書は『現代の「おしゃれ」「クール」のルーツといえる江戸好みの美意識「いき」』を多面的に分析し、日本人固有の感覚を分かりやすく顕出させた良書と感じます。
筆者が述べる「いき」の三要素について、恋愛におきかえて考えていきます。第一の要素の媚態は、『「異性との不安定な、緊張した関係」をもちこむことである』とあります。異性との関係が「いき」の根本要素となっており、「いきごと」は「いろごと」を意味するそうです。男女が出会い、関係が濃くなる途上で成就するかどうかの不安定な状態。そこから生まれる「ドキドキ」感を求める態度が媚態と解釈できます。そしてこの媚態は、つかず、離れずを維持するという厄介で繊細なものでもあります。
第二の要素の意気は、意気地のことで、『下等な私娼や相手かまわず身を安売りする芸妓を卑しむ凜とした意気』とあり、武士道的な誇り高い姿勢を表しているそうです。不安定な状態ながら、決して自分からは告白しない感覚でしょうか。
第三の要素の諦めは、『運命に対する「諦め」と、その「諦め」に基づく淡々とした境地とが含まれていることは否定できない事実である。』とあります。別れたとしても、鬱々とせず割り切って次に進む感覚でしょうか。無常観を感じます。
著者の凄さは、分析・表現力にあります。例えば、「いき」と関連諸概念の体系として、渋味・野暮・上品・下品など8つの言葉を頂点とした六面体を描き、さび・きざ・雅などの言葉と比較し「いき」がどの面に位置するかを明示しています。また「いき」な身体的表現(言葉、姿勢、衣装など)や、「いき」な芸術的表現(模様、色、建築、音楽など)を明示していますが嘆息ものです。
最近は「いきだね」「いきな人」という言葉は耳にしません。それでも私達の中に「いき」という日本人固有且つ深遠な感覚が存在しているというのは、何か嬉しいものです。
(800字)